泣ける

原型を留めていないほど無残なパトカーの真相に涙が止まらない・・・

無残なパトカー

Twitterユーザーの@tk_590208さんが、

ツイートした画像の数々が話題になりました。

投稿者さんはある日、

福島県の双葉郡にある双葉警察署へ行ってきました。

その理由は警察署に置かれている、

1台のパトカーへお供え物をするためでした。


そのパトカーは本来の原型が分からなくなっているほど、

車体が大きく潰れて中身がむき出しになっています。

そして車体の側には、

たくさんの花やお供え物などが並べられています。

側に立てられた看板には、

パトカーがこうなった理由が記されています。

押し寄せた津波

2011年の東日本大震災により、

このパトカーは無残な姿となりました。

2011年3月11日当時、

このパトカーに乗車していたのは、

増子洋一警視と佐藤雄太警部補の2人です。

地震直後、

彼らは住民への避難を呼びかけるため、

双葉郡の富岡町仏浜地内を、

パトカーで走っていたのです。

その途中で津波が押し寄せ、

逃げる間もなく車体は激しい力で、

流されていきました。

1ヶ月後に増子警視の遺体が、

陸地から30キロ離れた沖合で見つかりました。

佐藤警部補は未だに行方不明の状態です。

ボロボロの姿で見つかったパトカーへと手を合わせるため、

たくさんの人々が警察署を訪れるようになりました。



歴史的資料

やがて福島県警察は後世へ伝える目的のため、

町民や遺族と協力してこのパトカーを、

警察署に設置することにしたのです。

側の看板にはこのパトカーについて、

震災の中で住民を守る為に、

職務を全うした人たちがいた事や、

地震・津波の脅威を示す歴史的資料として、

貴重なものだと記されていました。

この車体そのものが、

福島県を襲った恐ろしい現実を表しているのです。

危険な状況下にも関わらず、

呼びかけ続けた彼らの行動によって、

きっとたくさんの命が救われたことでしょう。

増子警視と佐藤警部補による、

住民を助ける為の勇敢な行動に、

心からの敬意を表します。