泣ける

失明で笑顔を失くした妻と、1人で20年間庭を掘り続ける夫の絆に涙・・・

宮崎県児湯郡新富町に、シバザクラが咲き誇る有名なスポットがあります。

春になると新聞やテレビの取材が訪れ、

春にとても賑やかになる一軒のお宅があります。

それは黒木ご夫妻のお宅です。

ご主人の敏幸さんが、1人で庭の維持管理をされています。

siba1

奥様の靖子さんは笑顔が素敵な方で、

訪れる観光客と楽しそうに会話される姿は、

シバザクラがピンク色の絨毯を織りなす中で賑やかさが一層増すようです。

なぜ黒木さんのお宅はこんなにシバザクラが植えてあるのでしょうか?

妻の失明

ある日、靖子さんは目がおかしいことに気が付きました。

敏幸さんは靖子さんを連れ、眼科に受診しました。

しかし、そこでは原因を特定することができませんでした。

それから約1週間後の事です。

靖子さんの視界は完全に閉ざされてしまいました。

緊急入院した靖子さんに告げられたのは、

糖尿病の合併症という結果でした。

siba5

靖子さんは、まだ52歳で働き盛り。

仕事に家事にと、アクティブな生活をしていた靖子さんに突き付けられた、

失明という最悪の結果に大きなショックを受けました。

さらに2人には、日本一周旅行をするという大きな夢がありました。

しかし靖子さんと二人三脚で働いてきた事を考えても、

その夢が叶わないことで敏幸さんはご自身を責めてしまいました。

敏幸さんは退院後も靖子さんを励まし元気づけようとしましたが、

靖子さんの気持ちが晴れることはなく引きこもってしまい、

笑顔を見せてくれることは無くなりました。

何も見えなくなって暗く退屈そうに毎日を過ごす妻に、

何とか笑顔を取り戻したいと考え、その方法を探していました。

夫婦の歴史

黒木ご夫妻は昭和31年にお見合い結婚し、

小規模な農家を営んで生計を立てていました。

規模が小さいため収入は少ないものの、

明るい靖子さんの存在は黒木ご夫妻の生活を笑顔一杯に築いていきました。

その後、3人の子宝に恵まれた黒木ご夫妻に転機が訪れます。

乳製品のニーズが高まったことを受け、農家から酪農へ転向を決めたのでした。

酪農はかなりの重労働で起床は2時、そして掃除、餌やり、乳搾りなどなど、

生き物を扱う職業ですから休日などない日々を過ごしていました。

siba2

旅行に行く間も惜しんで働く黒木ご夫妻は約20年もの間夫婦で支え合い、

60頭の乳牛を所有する程大規模になりました。

その頃には子供たちも自立していました。

何年も前から「日本一周旅行」を目標にコツコツ積み立てており、

それは愚痴をこぼすことなく一生懸命働いてくれた、

靖子さんへの向けた感謝の約束でした。

その矢先、妻の失明という悲劇が襲ったのです。

そして60頭もの乳牛を、

敏幸さん一人で切り盛りすることはできず、手放すことになったのです。



妻への思いとシバザクラ

ある時敏幸さんは、

庭のみかんの土止めのために植えたシバザクラに人が集まり、

眺めていくことに気がつきました。

それを見た敏幸さんはひらめきました。

siba6

シバザクラをたくさん植えて庭を整備し、

人をたくさん呼ぼうと考えたのです。

そこから敏幸さんは靖子さんの話相手をたくさん作るため、

毎日庭を手入れし、シバザクラを植えていきました。

裏山を掘り盛り土をし、土台を整えるだけで2年がかりです。

siba7

それから10年が経ち、

黒木ご夫妻のお宅には見事なシバザクラの絨毯が広がり、

見物客が訪れるようになりました。

見物客が集まる様になると、

靖子さんと見物客が笑顔で会話を楽しむ姿も見られるようになったのです。

siba9

それから更に10年間手を加え続け、

春になると約600坪の庭を覆い尽くすようにシバザクラが咲き誇ります。

今まで支えてくれた妻のため、敏幸さんは一人で庭を作り上げました。

そこには、苦労をかけた妻への愛情だけが敏幸さんを動かしました。

こんなに純粋で素晴らしい夫婦愛があるでしょうか?

cgfd

これは一方通行ではなく、

靖子さんも絶えず敏幸さんを思い過ごしてきた歴史があったからでしょう。

困難を乗り越えた黒木ご夫妻。

これからも笑顔でお元気にお過ごしくださいね!